水 呑 王 子 ( み ず の み お う じ )


和歌山県田辺市本宮町三越(みこし)1416の1番地

 水呑王子は古い歴史のある王子社のひとつで平安末期の藤原宗忠参詣記(中右記)に「内水飲王子 新王子」と記載があり(当時新しく祀られた王子であった)、もとは「内水飲」といわれ、中辺路町高原の熊野道に古くから参詣人の宿になっている「水飲」という場所と区別する為にそれよりも本宮に近いこの地を「内水飲」と呼んだといわれています。当地は鎌倉時代の参詣記にもその名がみえ、後鳥羽院御幸記には「王子二 内水飲、祓殿」、修名門院御幸記には「内水飲において御小養を儲く」とあります。江戸時代になって「水呑王子」と表記されるようになりました。

現在は社殿はなく明治43(1910)年神社の統廃合により町内の三里神社に合祀され、平成12年に国の史跡に指定されました。

ここは明治9年から三里小学校三越分校の敷地でしたが、昭和48年7月、本校に統合され廃校となりました。現在の建物は昭和49年頃観光業者が観光施設として使用していたもので、現在は廃業していますが敷地にはネジバナやホタルブクロ等、四季折々の花々が見受けられます。

「水呑王子」と刻まれた緑泥片岩の石碑(高さ約78cm、幅約37cm)の横には、地元の人々の信仰を集める腰痛のお地蔵さん(地蔵菩薩立像と坐像)が鎮座されています。 

(参考文献:本宮町史 古代中世資料編・文化財編)


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