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和歌山県田辺市本宮町下祓戸1077番地 京都・大阪から熊野本宮に至る前の、最後の王子社です。王子名の表記は史料によって変化しており、祓殿、祓戸、祓所等の文字が当てられています。 祓戸の住宅地を抜けると現在の本宮大社まであと50mという所にあり、社殿はなく緑に囲まれ、石祠(高さ85cm)の背後にはイチイガシがあり、横には楠の大木が繁っています。この王子は他の九十九王子が熊野参詣の巡拝、休息、宿泊をする場所であったのとは違い、熊野本宮に至る直前の潔斎所として旅の塵や汚れを祓い身を清めるための場所であったといわれています。 藤原定家は「明月記」の中で「建仁元年(1201)10月16日払暁、発心門を出づ。王子二(内水飲、祓殿)、祓殿より歩み指し御前に参る。山川千里を過ぎ遂に宝前を拝し参る。感涙禁じがたし」と本宮参詣の喜びを記し、その後定家は発心門王子から来られる後鳥羽上皇の御一行を祓殿王子で出迎えたと記録されています。修明門院もここで禊をしてから本宮に参拝し、応永34年(1427)の足利義満の側室・北野殿一行は祓殿まで御師の出迎えをうけたという記録があります。 (参考文献:本宮町史 古代中世資料編・文化財編 |