網代岩鬼手掛石 観上巖図

貝餅石図

絹巻石之図

三重流泉図

網代岩鬼手掛石 
観上巖図

貝餅石図

絹巻石之図

三重流泉図



天保年間 蘭波作 水墨画屏風

(部分・六曲一双・紙本彩色 画の題は屏風原文のまま表記)

川湯温泉・冨士屋所蔵


 平安時代から江戸時代にかけて熊野本宮大社から熊野速玉大社に参詣する熊野古道に、熊野本宮大社旧社前から新宮川口まで熊野川を川船で下るルートがあった。上図は天保年間の熊野川下りの様子を示す、貴重な資料である。2枚組のこの屏風には、他に川船を曳いて熊野川を遡ってゆく画もある。屏風中の一文に「天保乙亥春三月探勝於南紀」と書いてあるので、この画は初春の熊野川の風景であると思われる。

 熊野川途中の奇岩には屏風石、鬼の手掛石等それぞれ名前がつけられており、熊野本宮からの川下りの参詣者は本宮前→請川前→高山前→小津荷前を通る時

大黒島→牛島→酒迎え川原→千石→屏風石→穴口→網代転見上石→鬼の手掛石→折敷島

などを経て新宮川口に至り、熊野速玉大社に参詣した。

 鎌倉時代の「新古今和歌集」 には

「熊野河 
くだす早瀬のみなれざほ さすがみなれぬ 波のかよひ路

(訳:熊野川下りの船が早瀬にさす棹は水に慣れているけれど、水に慣れない私には、やはり見慣れぬ波の通い路である。)

と、後鳥羽院が熊野川下りをした際の歌が残されている。熊野川は重要な熊野参詣道のひとつであり、かつての熊野参詣者は、熊野本宮から熊野川を下って熊野三山を巡ったのである。


参考文献新日本古典文学大系11「新古今和歌集」岩波書店

thanks to 川湯温泉

 
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